自転車は効率的なノリモノです。非スポーツマンのド素人が少し頑張れば、30kmや40kmの速度を叩き出せますし、100kmライドを簡単にこなせます。
日常品のママチャリやシティバイクさえが例外ではありません。下りでちょろっと立ち漕ぎすれば、自動車や原付を追い越せます。
競技用機材、スポーツ用品のロードバイクやマウンテンバイクはなおさらです。
デジタル化で指標が激増
近年、スポーツやフィットネスのための電子機器やスポーツアプリがすっかり普及しまして、基本的な距離と時間から速度、心拍、位置情報、出力や空力までが手軽に可視化されます。
代表例がスポーツフィットネスアプリのSTRAVAです。これは舗装路、未舗装路込みのサイクリング&ハイキングの走行データです。
距離、標高、時速とかが丸わかりです。まあ、GPS計測では数値がわりとばらつきますが。獲得標高はややモリモリ尾ひれくんです、ははは。
こんなふうにもろもろの数値、ステータス、パラメーターが見えると、比較と優劣とランキングがはかどります。STRAVAのセグメントなどは好例です。
で、そこに見栄、意地、自負、負けず嫌い、承認欲求、自己顕示欲がかけあわされば、マユツバ的な数値があれよあれよと飛び交います。
あげくにぺーぺーのチャリダーやにわかなスポーツ経験者が
「私は平均40kmで走りますし、おすし」
て不用意に発言して、ベテランさんやハイアマチュアをびくびくさせます。
「すごい逸材が現れたか?!」
でも、これは杞憂におわります。この手の自己申告はモリモリマシマシの平均速度詐欺かスポーツバイク入門者のかんちがいです。
平均速度と巡航速度
ロードバイクは高速長距離型のスポーツ自転車です。長く速く走るのが得意です。新幹線や超特急のイメージがぴったり来ます。
シンボルマークは特徴的なドロップハンドルです。
で、この高速長距離型チャリ=ロードバイクの重要な速度は局面の瞬間的な最高速度ではなく、中長期的な平均速度です。
自転車界の短距離選手、真のかっとびマシーンはトラックバイク、競輪、リカンベントです。瞬発パワー型だ。
むしろ、ロードでパワーを上げ切ってしまうのはNGです。ドラッグカーや04ではない。出力のむらはNGです。
ロードレースでフル加速できるのはゴール前の数百メートルのみです。ある意味、ロードレースは自転車のマラソンです。100m走じゃない。中長距離の平均速度がだいじです。
そして、この『平均速度』がなかなかのくせものです。平均速度の出し方はかんたんです。距離/時間です。30kmのサイクルロードを2時間で走ったなら、平均速度は時速15kmです。
が、後述のようにこれが一筋縄でいきません。
グロスとネット
さて、このピュアな平均速度は長距離系のスポーツ用語ではとくに『グロス平均速度』てゆわれます。グロス=GROSSです。総体、全体て意味です。
このグロスと対比するのが『ネット』です。つづりはNETです。海外のおかしや食品のパッケに”NET 400g”みたいな記載があります。正味の内容量400gてことです。
容量のGROSSとNETの悲劇的な一例です。
ふくろはガスでパンパンだのに、ちっこいウィンナーが三本だあ?!
はい、大規模デモは必至です。いつか米騒動のようにウインナー騒動が起こりましょう。なんでちっこいウィンナーをわざわざ小分けにするよ? 精肉業界の闇だ。
このグロスとネットが平均速度の頭について、『グロス平均速度』とか『ネット平均速度』とか称されます。
で、グロス平均、グロスアベレージてのは休憩、低速域、信号待ちやなんやを含む平均速度です。つまり、本来の距離/時間の平均速度、avarage speedです。
一方のネット平均は休憩、低速域、信号待ちやなんやを含まない走行活動平均速度です。平均速度のいいとこどりだ。当然、グロス平均速度よりネット平均速度のが速くなります。
グロス平均速度は距離と時間でシンプルにわかります。地図と時計で計算が可能です。また、マラソンやジョギングではグロス平均≒ネット平均です。休憩や信号待ちがサイクリングほど頻発しません。
ネット平均速度はスポーツコンピューターやアプリのたまものです。加速度センサーやGPSの位置情報でリアルタイムの速度がわかります。計測条件の設定を切り替えられる。
ちまたのサイクリストの多くはこのネット平均速度を計上します。さらに無意識にもっとも好条件なセグメントの平均速度を抽出しちゃいます。ガーミン平均、ディスプレー平均ですか。
で、スポーツバイクの初心者はそんなに言葉のアヤを意識しませんから、ネット平均速度をふつうに「平均速度」て表現してしまって、几帳面なベテランさんを混乱させます。
さらには後述の『巡航速度』がはなしをややこしくします。
謎深きチャリの巡航速度
この二つの奇怪な平均速度にもう一つのなぞの指標がくわわります。それが『巡航速度』です。別名は経済速度です。辞典にはこうあります。
- 船舶や航空機がなるべく少ない燃料消費で、できるだけ長距離または長時間航行できる、経済的で効率のよい速度。
あー、つまり、効率的な速度でしょうか? グッドコスパスピード? 旅客機のボーイング767の巡航速度の設定はマッハ0.8だそうな。追い風でも向かい風でも巡航速度はマッハ0.8です。
で、この巡航速度は自転車界では『らくに維持できる一時間以上のグロス平均速度』を指します・・・てか、各所の使用例からそうゆうニュアンスのように思えます。
- 必死の30分間の40kmのグロ平→『らくに1時間』ではないからノーカン?
- ダウンヒルのグロ平50km→下りはノーカン
- 追い風の一時間の35kmグロ平→ずるい
- 向かい風の一時間の30kmグロ平なぎさ→えらいわ!
- 無風平地の平均速度35km/1h→ザ・巡航速度
て、環境や状況にやたらと左右されます。究極、速度のはなしではない。km/hがほんとの基準であれば、下りや追い風のノーカンがおかしくなります。
このなぞの言葉は日本の自転車界になぜかまあまあ浸透しますが、よりげんみつな『パワー』の登場で完全にオワコン化します。
速度を上げる×
出力を上げる〇
ですね。出力は乗り手に依存しますが、速度は風向き一つで変わってしまいますから。逆に地形や環境をフル活用すれば、巡航40kmや50kmをかんたんに出せちゃいます。
ころころ不安定に変動するものを指標にするのはナンセンスです。純粋に速度を求めるなら、なんで下りや追い風を除外するか? スポ根じゃないから?
グロス平均速度がジャスティス
趣味のサイクリングで意味を持つのは距離/時間の真・平均速度ばかりです。初心者がネット平均、ガーミン平均のいいとこどりを自己申告しても、ベテランや猛者にばっさりやられます。
「巡航速度」の専門用語っぽさは琴線をくすぐりますが、みだりな乱用は混乱に拍車をかけます。取り扱いに注意して、用法を守りましょう。使いどころは非常に限定的です。
かりに時速29kmの平均を軽い気持ちで「30km」てサバヨミしましょうか。身長169cmの人が170cmてするように。数値のごまかしはたったの”1″です。
でも、このうそで10分で170m、30分で500m、60分で1km、120分で2kmのギャップが生まれます。ザ・ビッグマウスが確定します。