人生には何度かの革ブームがあります。ぼくのそれは2010年頃です。革財布、革ベルト、革バッグ、革ジャン、そして、革靴にけっこうな大枚が費やされました。
- 欧米の履き物は幅広甲高の足に合わない
- 革の匂い(クリームの香料とか)が鼻に衝く
このような生理的理由で革靴と革ジャンは自然と遠ざかりましたが、今でも財布とベルトはカーフレザーですし、革製品のローテクな質感は好きです。
そのマイブームの時期に革製品の購入だけに飽き足らず、掃除、お手入れ、靴屋巡り、海外の安い店の調査などなどを一通りにやりました。
靴磨きくらいは革好きの通過儀礼でしょうが、ソールの張り替え、アセトンで脱脂、スピランで染色、解体、革靴を見るために東京の伊勢丹へGOなどはもう普通ではありません。
今回、この当時の無駄な熱意がある一足に呼び覚まされました。これです。
絶妙にくたびれた古いカントリーブーツです。段ボールの中からごろっと出てきました。トリッカーズ?
経年劣化と摩耗でロゴらしきものが見当たりません。明確な表記はここだけです。
製造は英国、サイズは6、幅はEE? 左の数値は日付か通し番号? これらがスタンプで刻印されます。
でも、トリッカーズの型番はたしか手書きマジックです。じゃ、ノー・トリッカーズ? アウトソールの踵の補強もトリッカーズのパターンと少し違うか?
とりあえず、ぼくの調査と知識ではこの靴のブランドやメーカーは判別しません。このナゾッカーズ(仮)の詳細は以下の通りです。
- 10年以上前のカントリーブーツ
- グッドイヤー
- MADE IN ENGLAND
- 牛革製
さらにこれはぼくのものではありません。UK6は我が幅広甲高足にはタイトです。そして、このシューズは弟が置いて行った荷物の下から出てきました。じゃ、てっちゃんのやつだな。
しかし、なんで同じ家庭環境で足型がこんなに変わるかね?! ぼくは根っからの靴下嫌いで、てっちゃんはそうではない。ファイナルアンサー・・・
とにかく、ぴかぴかに磨いても、ごしごし洗っても、ぼくはこれを履けません。履けませんが、絶妙なUSED感に潜在的革製品手入欲求をほんのりと温められました。
この機会にこの英国製のレザーカントリーブーツをメンテナンスしてみましょう。
革靴の手入れ 古い英国製ブーツで
革製品の天敵は湿気です。正確には湿気からの皺やカビです。雨上がりの銀浮きに泣くのは革靴好きのあるあるですね。
このイメージから革製品の水洗いや丸洗いは過度にタブー視されます。雨一粒、汗一滴が致命的ダメージだ! と。
そもそもじめじめした亜熱帯の日本の湿度がすでに革製品には不利なコンディションですが。
逆に極端な乾燥も天然革にはよろしくありません。革は生ものです。もともとが獣や鳥や魚の革ですし。
今回のように長らく放置された古いカントリーブーツはヴィンテージには属しません。堂々のジャンクです。一か八かの荒療治でしか復活しません。
そのためには水洗い・丸洗いが不可欠です。理想はお湯洗いの漬け置きです。中途半端なドライクリーニングではしつこい汚れやカビ臭は落ちない。
靴の状態をチェックする
では、トリッカーズ風の英国製カントリーブーツのお手入れを始めます。まずは各部のコンディションのチェックです。
爪先の拡大図です。ドレッシーなウィングチップ。しかし、革のしなやかさが失われて、色が褪せ、パンチ穴の周囲に無数のひびが走ります。
アウトソールです。うっすらと”MADE IN ENGLAND”の刻印が見えます。摩耗は並みです。真ん中の白い跡は何でしょう? 鳥糞? まさかのカビ?!
この革靴の外側のコンディションはそう悪くありません。しかしながら、長期放置の革製品の健康状態は中身で決まります。
カビ? サビ?
シューレースを外して、アッパーをこじ開けます。
このときに黒い点々や青い粒々がはっきり見えたら、復活の道はそこで終わります。それはもう靴ではなく、カビの巣です。
カビが目で見えなくとも、その強い匂いが鼻に衝いたら、復活の道はほぼ絶たれます。ミッドソールやアウトソールの裏側のカビは落ちない!
無論、外面の汚れを落として、クリームや塗料でピカピカにして、エイジングぽいブーツには出来ますが、履くたびに靴下や足にカビ臭をなすりつけられます。
カビ臭い靴は健全ではありませんし、それを履くのはおしゃれではありません。ただのカビルンルンです。
で、この革靴の匂いは・・・うーん、実に微妙なところです。それっぽい匂いはするが、完全にダメなやつではない。蘇生率は4:6でしょうか?
シュータンの断面です。若干の青みが気になります。
靴紐の通し穴の金具=アイレット、ハトメの裏側は割ときれいです。
ちなみにここに生じる青いものはカビでなく、サビです。正式には『緑青』、銅及び銅合金+酸素、水分、塩気などの反応で沸きます。
緑青は革靴のコンディションにはさほど影響しません。見てくれが落ちる、金具の周囲の革に色が移る、くらいです。掃除は少しめんどうですけどね。
少し甘い判定で及第点を付けて、次の工程に行きます。
革靴水洗い改めお湯洗い
常識的にお湯の洗浄力 > 水の洗浄力です。ホットウォーターはふつうウォーターよりパワフルです。業務用の洗い物はたいていお湯です、食洗器、クリーニングetcetc…
で、せっかく革靴の丸洗いをするならば、中途半端な水洗いをせずに、最初から本気のお湯洗いに挑戦しましょう。とくにこんなプチジャンクを復活させる場合には。
では、お湯を用意しましょう。給湯器の最大温度の55度のホットウォーターをバケツに満たしました。
現役の革洗いプレイヤーはここでモゥブレィのサドルソープという専用品を使いますが、OBのぼくは家庭用のAttack ZEROを使います。
商品名とパッケージのように馬の鞍の固形石鹸です。デパートの靴コーナーとか東急ハンズとかにあります。
ぼくの記憶では単純な洗浄力は普通の洗剤よりマイルドだったように思えます。悩みは単発の革洗いでは余ることです。使い道に困って、こっそり洗顔に・・・げほげほ!
ちなみに洗濯以上の脱脂や脱色をするならば、有機溶媒のアセトンで油分や塗料を溶かして落とします。これはハードな作業で、レザークラフトの範疇に入ります。非推奨。
では、世間一般のタブーを無視して、ブーツをお湯の中へ沈め、洗剤をぶっかけます。
何のことはない。これはスニーカーの洗い方と同じです。靴の洗濯に特別な何かはありません。
丸洗いでは色がまあまあ落ちます。まあ、これも色物の洋服と同じですね。後述のように洗いより干しがポイントです。
やはり、目より鼻、見た目より匂いが大事です。カビのフレーバーはしませんか? うーむ、微妙なラインだ・・・
何回かお湯を変えて、洗い→濯ぎを繰り返します。しつこい汚れには漬け置きをやります。目安は2、3時間ですね。
このブーツの汚れは並みです。お湯洗いと濯ぎ3回、正味1時間くらいで済ませました。
水気で色味が良い感じに濃くなりました。無論、乾燥後の地の色は最初の状態よりさらに薄くなります。
革靴を干す
『干すは洗うより難し』
洗濯界の名言です。実際問題、洗うのは簡単です。ここまでの過程はせいぜいおっさんの水遊び否お湯遊びではありませんか。
逆に干すのは至難です。セーターが身近な例です。ウールやカシミアはTシャツやタオルの方式ではすぐに縮みます。
革靴や革ジャンも普通の干し方では縮みます。紫外線も革にはありがたいものではない。ゆえに天日干しや乾燥機はNG、陰干しが正解です。
と、干す前の一工夫です。余計な水をしっかり切って、変形や型崩れを防ぐためにアッパーの中に詰め物をします。
シューツリーが理想ですが、新聞紙やぼろ紙も有効です。反対に詰め物なしではアッパーが縮みますし、乾きが遅くなります。
陰干しの際には靴の底を開放するようにします。なぜならソールが靴の中で最も熱い部位だから。つまり、なかなか乾かない。
窓辺に立てて置くとか、網の上に置いて扇風機をほんのり当てるとかして、じっくり乾かします。
陰干しは長丁場で、2~3日掛かります。1日おきに新聞紙を交換しましょう。
このように干しは根気と工夫の渋い作業です。
伝家の宝刀、コロニル
36時間が経過しました。
アッパーは元通りのセピア色ですが、靴底はまだジューシーです。全体の乾燥度は80%くらいでしょうか。
ぼくはこの生乾きの状態でクリームを塗ります、お風呂上りに化粧水をぺたぺたと滲ませるように。実際、ここからの工程はシューズのお化粧ですし。
で、肝心のクリームはこれです、コロニル・シュプリーム・クリームデラックス。
旧名はコロニル・ディアマント。これは8年くらい前の容器です。
靴用品のオーバードーズに掛り、いろいろなクリームやワックスを乱用しましたが、これに落ち着きました。オールインワンタイプの万能シュークリームです。
中身です。粘度は夏場のソフトクリームくらいで、わりとしゃぱしゃぱします。手応えはさらさら系です。
このカラーはライトブラウン(tan)です。ブラック、クリア、ブルー、バーガンディ、ダークブラウンなどのカラーバリエーションもあります。
成分はシダーウッドオイルなどの天然素材系です。ノー有機溶剤。それでも、革への浸透度は早めで高めです。安心安全のMade in Germanyです。
個人的なお気に入りポイントは匂いです。シトラスのような柑橘系の良い香りがします。海外製にしばしばあるどぎつい香水感がこれにはない。ナイスクリーム!
これ一個で色付けから艶出しまで高レベルで完了します。とくに無色透明なクリアカラーは革製品の全般のお手入れに大活躍します。
靴磨きボーナスタイム
使い方は簡単です。靴に塗る前に良く描き混ぜて、布やブラシや指でぺたぺた広げます。
どばっとぶちまけずに小まめにクリームを取って、広く薄く延ばします。
クリームの容器の説明には以下の文章があります。さいわいドイツ語ではありません。
“ALLOW TO DRY FOR 20 MINUTES AND BUFF WITH A CLOTH OR SOFT BRUSH WHEN DRY.”
「20分乾燥させて、布や柔らかいブラシで乾くまで磨く」
実際にはクリームを満遍なく延ばして、余計な分を拭き取りながら乾かしますから、そこまで乾燥時間を意識せずに、磨きに入れます。
きれいな布で軽く乾拭きすると、あっという間にこのような艶を出せます。
ワックスなしでこのピカピカは反則です。色もイメージ通りですね。ようやく楽しいボーナスタイムが訪れました。
ビフォーアフターです。小さじ二杯くらいのクリームで片方のアッパーがトリッカーズに近づきました。しかし、右側のサイド部分の斜線みたいな跡は何だろう?
お手入れ後の爪先の近影です。がっつりのカット傷は消えませんが、細かいひびがやや収まりました。
この後、両足共に少し多めにクリームを塗って、乾拭きを念入りにしました。
存分に磨いたら、陰干しに戻します。とくにカビ臭を消すには少し長く乾燥させねばなりません。防臭に10円玉やアルミ箔を入れるのもありです。
仕上げに新しい靴紐をダイソーで買ってきました。ブラウンがなかったし、長さが足りなかった~。
これでメルカリに出せます。いや、ふつうに売れるな、これ。
ビフォーアフターです。
化粧の力が身に沁みます。あと、照明は大事だ。
さらなる細かいアップデート方法です。
- ソールの縁をやすりで均す
- フック付け直し
- ほつれた糸を切る
- モア靴磨き
とりあえず、ぼくの中の靴手入れ熱は収まりました。上出来でしょう。まあ、コロニルがチートですし。
革靴の手入れのまとめ
最初に革靴のコンディションをチェックして、あきらかなカビを目と鼻で確認できてしまったなら、さっさと諦めて、新しいのを買いましょう。
金具の回りの青みはカビでなく、サビです。これは致命傷ではありません。
革製品のしつこい汚れには小手先のお手入れや中途半端なドライクリーニングは無駄です。丸洗いが吉、お湯洗いがベターです。定番の洗剤はサドルソープです。
洗うのは簡単、干すのは至難です。縮みや型崩れの予防に詰め物をして、靴底側をフリーにして、じっくり陰干しします。
クリームはコロニルがおすすめです。今回のように強く色付けしないなら、透明のクリアカラーを買って、靴から財布からベルトからピカピカにしてください。
ちなみに並行輸入品と国内正規販売品の中身は一緒です。