たくさんのギア数、多段変速機構はロードバイクやマウンテンバイクのようなスポーツ競技用の自転車の大きな要素のひとつです。
「3×8の24段変速! 2×11の22段変速!」
こうゆうキャッチコピーがばくぜんとした高性能感を演出します。

GIANT PROPEL DISC
ギア数の多さが人心をまどわす
しかし、24速のクロスバイクは内装3速の通学用のブリジストンアルベルトの8倍の性能になりませんし、固定1速の競輪のピストの走行性能は22速のロードの22分の1ではありません。
自転車のギア数はピアノの鍵盤の音階のようなものです。平均率の12音を使いこなせるかは弾き手にかかります。
才人はドミソの3音できれいなメロディーを奏でられますが、ノーセンスな音痴さんはオクターブを目一杯に使っても拍子外れのありきたりな雑音しか出せません。
むしろ、むやみな選択の余地の多さはプレイヤーの手間をふやします。半音の半音みたいな中間の微分音がほんとに必要だあ? しろうとに分かるか??
旧来のスポーツ自転車の2xや3xのギアの構成はこれによくにます。フロントをマルチ化すれば、倍々ゲームの掛け算で一気にギア数を増やせます。
でも、たいていのバイクシーンには20速や30速は無用の長物です。結局、たすき掛け、ギア比の重複で正味の変速数は少なくなりますし。
しかも、オフロード、オンロードのリアの変速がとうとう12速時代へ本格的に突入しました。いよいよフロントマルチのカウントダウンです。
そして、フロントマルチの終わりはフロントシングルの始まりです。次世代のスポーツバイクのスタンダードを特集しましょう。
フロントシングルのあれこれ
まずはテーマワードの『フロントシングル』です。これは広義には『フロントのギアが一枚であること=フロント変速機がないこと』です。
この定義では世界の自転車の99%がフロントシングルになってしまいます。ママチャリ、軽快車、実用車はフロント変速機を備えませんから。

パースセキネ
そもそも本気の分厚いカバーがチェーンへの接触の一切を拒絶します。変速はむりですし、クリーニングさえが一苦労です。
スポーツバイク界のフロントシングルは比較的に新しい概念です。2010年前後にぽっと出てきて、あれよあれよとMTBジャンルを席巻し、旧来のフロントマルチを滅ぼしました。
発案は総合自転車パーツのSRAM社です。同社が主導する21世紀のフロントシングルシステムが1xです。読みは「ワンバイ」です。はい、「いちえっくす」て読まない。
ものすごく端的に例えますと、
- シマノ=サカイのフロントマルチ屋さん
- SRAM=シカゴのフロントシングル屋さん
て申せます。実際、SRAMは「当社はオフロードのフロントディレイラーを金輪際に販売しません」て公式に宣言します。
つまり、オフロードシーンのフロントマルチからフロントシングルへのトレンドの変化はシマノからSRAMへのイニシアチブの移行です。
この傾向はイベントのMTBの試乗車や展示車からはっきり分かります。ドライブはほぼほぼSRAMです。

SRAM EAGLE XG 12spd
シクロクロスもSRAM、オールロードは半々、ロードはシマノです。E-bikeは電動ユニットの関係で絶賛の戦国時代です。Bosch x SRAMがやや優勢ですか。
1xのキーはナローワイドリング
広義の変速なしのフロントシングルとSRAM発の1xフロントシングルに一線を画すキーアイテムがあります。ナローワイドチェーンリングです。

RACEFACE ナローワイドリング
ポイントはギアの歯です。となりあわせの歯先の形状が異なります。ナロー=狭い歯とワイド=広い歯が交互にならびます。これがナローワイドです。
狭い歯はぞくに薄歯、広い歯はシングルスピードの厚歯にちかくなります。
SRAM系のリアディレイラーのプーリーさえがこうです。

樹脂製のナローワイドプーリー
つまり、シカゴのフロントシングル屋さんの正体はナローワイド屋さんです。
理由はよくわかりませんが、このナローワイドはチェーンによく食いつきます。薄歯オンリー、厚歯オンリーのギアより絡みつきます。ふしぎです。
で、ナローワイドはSRAMの専売特許です。本家とMTBライクな北米のクラフト系メーカーが先行します。
歯先の形状と精度は各社で微妙にことなります。WOLFTOOTHのナローワイドはほんとにオオカミのキバみたいにねちねち食いつきます。

WOLFTOOTH ナローワイドリング 44T
RACEFACE、absoluteBlackの歯はオオカミほどではありません。野犬くらいです。それでも、フロントのチェーン外れは皆無です。
Shimanoもナローワイドへ
1xのトレンドはシカゴ発です。サカイのフロントマルチ屋さんはこの状況に置かれても、ながらく静観を保ちました。
これはシマノのマイペースな社風、フロント変速への絶対的な自負、そして、ナローワイドリングの特許の問題でしょう。
しかし、2017年にとうとうシマノ純正の1x用のナローワイドリングが出ました。XT用のCRM81とXTR用のCRM91です。
この二つはシマノクランク専用で、汎用の4アームのBCD104クランクには付きません。しかも、この新商の発表の後でモデルチェンジしたDEOREには1xのオプションがなかった。
じゃあ、いよいよM9100の動向が重要になります。ローンチでライバル主導の1xに対応するか、12速化するか、ダイレクトマウントになるか・・・
こんなふうにフロントシングルは自転車界の今後をいろいろ占います。たかだかリングの歯先がエポックメイキングになるのはチャリパーツのトレンドのおもしろいところです。
フロントシングル化のメリットとデメリット
前置きが長くなりましたけど、うやむやなフロントシングル、1x、ナローワイドの正体がはっきりと分かりました。
では、いよいよこのスタイルのメリットとデメリットを解説しましょう。
合理的なアンチテーゼ1x
自転車の外装変速機はむき出しのあと付けです。取り付け方はおおらかできゃしゃです。げんにディレイラーハンガー、メカのケージやハネはちょっとやそっとで故障します。

SRAM GXリアメカ カスタム
これが回転しながら強い力を受けます。そして、チェーンはぱっつんぱっつんじゃありません。テンションにはあそびがあります。
「こんな綱渡りの仕組みでよくギアチェンジできるなあ」
冷静な意見はこんなところです。変速機の完成度的にはハブ内装変速システムの方がぜんぜん高度です。変速ミスがほとんど起こらない。
現実問題、外装変速には数々のきまりごとが付きまといます。停車中の変速が不可、たすき掛けがNG、きつい上り坂は要注意などなど。
それから、リアメカにはガイドプーリー、テンションプーリーて補佐役がつきますけど、フロントメカにはそれがありません。ハネとキャッチャーのみが頼りです。
そして、フロントメカはリアメカよりでっかく動きます、よっこいしょ、どっこいさ、てふうに。
変速の仕組みは意図的な脱輪です。なにかの拍子にチェーンが歯先にのっかり損ねると、ほんとの脱輪が起こってしまいます。チェーン落ちです。
これを完璧に抑えるなら、別付けのガイドを使います。エクストリームなDHバイクやFRバイクの装備です。

コメンサルスプリーム
これらの競技中の『10mの大ジャンプ!』 とか『3回転宙返り!』とか『45度の直滑降!』とかの場面ではチェーンはぶわんぶわん暴れます。
そもそもたくさんの変速が不要です。実際、これのリアは7sです。
一般的なオフロードバイクはこんなに激しくライドしません。トレイル、パーク、荒れ地をマイルドに走行します。

トレイル
しかし、特段の工夫なくフロントメカを使用すると、けっこうな頻度でトラブルに見舞われます。機材への負担はオンロードの比ではありません。
ギアが多くなれば、操作の制約は多くなります。うっかりミス、不用意ギアチェンジの潜在的可能性が増える。結果、チェーン落ちの確立がはねあがります。
そして、3×9の27、3×10の30速みたいな変速数は実用的ではありません。実際にぼくは3×10のカスタムをしましたけど、完全に持て余しました。手元がせわしなくなりすぎる。
人間の処理能力、リソースは有限です。こまかい小手先の変速操作にリソースを割くよりハンドリングやライン読みに比重を置くほうが結果的に速く走れないか?
「変速操作はうまくなったけど、タイムは遅くなった」はなんか本末転倒です。「フロントシングルで直感的にごりごり走れ!」て方が腑に落ちます。
そして、リアが11速、12速に達すると、3×8や2×11の正味の変速数の70-80%を補えます。つまり、大方の自転車シーンはここに収まります、街乗りからロングライドまで。
多段ギアの使い勝手はわりにはんざつで理知的です。車体のギア数をきっちり頭に入れて、正確に前後のシフトチェンジをしなければなりません。これは言葉ほどにかんたんじゃない。
シマノはこのわずらわしさを解消するためにセミオートマのシンクロシフトシステムを投入します。フルオートマ化さえが遠い未来のはなしではありません。
が、そんな高価な機材や小手先の技術に頼らずとも、フロントメカをすぱって取り外せば、このわずらわしさと永遠におさらばできます。
おまけにフロントメカ、シフター、ケーブル、リングの重量と費用がまるまる浮きます。めんどうな変速調整も不要です。
結果、こうゆうことが起こります。

LX叩き売り
まさにこのShimano Deore LXの活動期間がオフロードのフロントディレイラーの最後の花道です。今日ではフロントマルチを選ぶMTBerは相当な手練れです。そもそも完成車の展開がない。
フロントシングルのデメリット
好意的なPROSばかりがならぶと、その真意が逆にきなくさくなります。それは一時のはやりじゃないか? フロントシングルのデメリットはないか?
デメリットらしいデメリットは変速数の少なさです。中間ギアが少なくなりますから、6速以上の変化が自然と大きくなります。
このおおらかさが一部のジャンルにはすこし不向きです。はい、ロードレーサーです。ロードの指標はツールドフランス、参戦バイクはのきなみフロントマルチの2×11です。
しかし、大量に新規参入するホビーユーザー、ライトユーザーがきっちり2×9、2×10、2×11を使いこなせるか? てゆわれれば、うーんとうやむやな返事をせずにいられません。
依然としてマイペース、ゆるポタ、はやりものずき、弱虫ペダルファンが多勢を占めます。自力で変速数の使い方をマスターできる人は1000人に1人くらいでしょうか。
昨今のジャンルのボーダーレスやクロスオーバーでドロハン=ロード=レーサーて発想さえが急速に古いものになります。
このご時世、レース、スポーツ、競技ははやりません。ホビー、フィットネス、アクティヴィティははやります。こうゆうシーンは1×11によゆうで収まります。
ついでにぼくのようなめんどくさがり屋は頭で理解しても、わずらわしさに負けて、てきとーにかちゃかちゃてギアチェンジしてしまいます、ははは。
大方の自転車乗りは集団や仲間で走る場面を経験しても、競る場面にはなかなか接しませんし。イベントレースはたいていタイム重視のヒルクライムばっかですし。競らない。
意外や意外にZwiftが穴場です。フロントディレイラー=Zwift用機材て構図は成立します。バーチャルで気軽に競れる。
オフロード由来のいきさつからロード用のナローワイドリングはMTB用ほどに多彩ではありません。大きいリングがそんなにない。メインは30-40Tです。
上のWOLFTOOTHの44Tのリングはシクロクロス用です。700cのチャリにはややおもですが、ミニベロにはちょうどです。
売れ筋のクロスバイクのクランクは4アームです。3xの4アーム=古いMTBスタイルです。リングを外せれば、MTBのナローワイドをポン付けで使えます。
中古のGIANTのクロスバイクのリングはこんなふうに外れました。

SUNTOUR NEX一体型インナーリング
ボルトの数、BCDに注意して、ナローワイドでフロントシングル化してみましょう。3xのまんなかのリングの歯数と重なる36-40Tぐらいがおすすめです。
個人的な感想を率直にゆうと・・・「さらば、フロントディレイラー、永遠に!」て声を大にできます。